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ある鉱夫の話

一生安泰

 俺の青春は何だったのだろう。
 俺は一体どこで間違えてしまったのか……。

 新緑をした田畑が広がる田園地帯を少し行くと、徐々に、灰色をした工場が見えてくる。
 その門には、誇らしげに
〈四山自動車重工業株式会社 田井工場〉
 の文字があった。
 まだ、バブル経済が崩壊していなかった頃、俺はこの工場に足を踏み入れた。
 就職した日、親類総出で行われた大宴会が昨日のように思い出される。
 本社工場ではないにしろ、天下の四山財閥系に就職したのだ。一生安泰が保障されたような物だった。少なくとも、あの頃の基準では。
 俺は一所懸命に仕事に没頭した。
 ボルトを締め、溶接し、カナヅチで叩く。
 残業、休日出勤も平気でやった。例え青春を犠牲にしてでも。
 当然、給料は年功序列で上がって行った。部下もできた。
 家も買った。車も新車にした。休みの日には外食に行けた。
 たしかに一生安泰だった。そのまま順調に行っていたら。

 前々から噂されていた。
 俺が就職してからしばらくして、バブルは崩壊し、平成不況に突入した。
 不況で売上が減っている上に、ライバルの田原自動車に押され、徐々に壊滅的な方向へと追いやられていった。
 俺達はがんばった。会社の為にサービス残業もした、無理な計画もなんとかこなした。
 しかし、その日は突然訪れた。
 会社がリコール隠しをしていたのだ。
 それも一件だけではない。日が経つにつれ、内部告発で、一件、また一件と発覚していく。
 信用は地に墜ちた。
 ただでさえ減少方向にあった売上が一気に下がった。
 そのしわ寄せを食らったのが俺達だった。
 工場は閉鎖。従業員は皆解雇された。イモリの尾のように。
 俺達の受け皿を引き受けたのは、ライバルだった田原自動車だった。
 路頭に迷う事を想像していた俺達にとって、その申し入れは、正に渡しに船。田原自動車が天国のように感じられた。
 しかし、それは天国の顔をした地獄だった。
 田原自動車の制服を着た俺を待っていたのは、殺人的なライン、粗悪な労働環境、あって無いような労働組合と休日、そして異常に少ない給料だった。
 部下を失い、一番下っ端に戻って。
 やがて、俺は帰ってから酒浸りになる毎日を過ごすようになっていた。
 記憶が無くなるまで酒を飲み続けた。
 そして酔った勢いで会社での鬱憤を家族に吐き出した。
 そんな毎日が無間地獄のように続いた、家族が手紙を残して消えたその日まで。
〈酔っ払ったあなたの暴力に耐え切れません。子供と実家に帰らせていただきます〉
 俺は自分の行動を恨んだ。
 取り返しのつかない事をしてしまった。
 大切な家族に、一生かかっても消えないような傷を作ってしまった。
 俺の青春は何だったのだろう。
 俺は一体どこで間違えてしまったのか。
 次の日の朝、出勤してからも、ずっとその事ばかりを考え、悔いていた。
 作業服の袖が、突然機械へと吸い込まれていった。
 腕の先には重いプレス機が見えた。
 機械は腕だけでは飽き足らず、私の体まで吸い込んでいった。
 腕から胴体、そして頭までも。
 不思議と苦痛は無かった。
 ただ、もう、あの地獄へ出勤しなくても良いという安堵感だけであった。

マグロ

 『マグロ』、日本人の大好きな海産物で、寿司屋に行けば大抵の人が注文する物である。
 しかし、鉄道関係者にとって『マグロ』とは、もう一つの意味を持っている。
 そう、文字通り、血の気が引くような意味が。

「場内進行、制限30」
 いつもの通り点呼を行い、私は制動にかかった。
 午前七時十五分新瀬発、T150列車茂社行き12両編成。俗に言う「通勤列車」である。
 満員の上、雨である。今日は少し早めに制動をかける事にした。
 ブレーキ音と共に、前へのGが掛かる。
 架線柱は次々と横へ飛び、灰色雲の下に、大きなステーションビルが少しづつ近づいてきた。
「次は、くにむら、国屯でございます。JR線はお乗換えです。本日は……」
 車掌のアナウンスが聞こえてくる。
 遅れもなんとか取り戻せた。あとは、このまま終点に着けば無事、勤務完了である。
 ふと、運転区での会話が頭に浮かんだ。
 なんでも、東川穂駅で人身事故があったという事だった。
 駅での人身事故。つまり、飛び込み自殺だ。
 特に不景気になると、株価に反比例的に自殺志願者が急増する。
 しかし、飛び込み自殺を遂げた死体ほど悲惨な物は無い。
 車輪に引き千切られ、首は吹き飛び、ばらばらになり、床下に入った肉片は、抵抗器に焼かれてこうばしい臭いをたてる。
 辺りは一面血の海と化す。
 その様子から、鉄道業界では、轢死体を『マグロ』と呼んでいる。これ以上の説明は必要無いだろう。
 マグロと言っても、これではさしずめ『ネギトロ』と言った方が正しいかも知れない。とにかく、轢死体は、交通事故死亡者と違って、例外無く原型を留めていない。
 どうやら、私が非番の時だったらしく、同期の友人が処理をしたらしい。
 聞くと、頭が割れ、脳みそも眼球も飛び出した死体で、駅員と一緒にホームに上げてから、即運転再開。ラッシュ時間帯なのに上下線最大十五分の遅れ。
 おそらく、遺族はこの損害賠償をしてもらう事になるのだうが、果して一般家庭、それも家主が自殺するような家庭に、果して払えるのだろうか……。
 鉄道稼業はある意味人殺し稼業だ。一般人なら想像しただけで倒れてしまうような話も、当たり前になってしまった。その友人などは、そんな話をハンバーガーなど食べながら私にしていた。
(そういえば、「飛び出した腸にうっかり触っちまって、取るのに苦労した」って言ってたっけか…)
 そんな事を思い出しながらも、運転台に付けられた速度メーターの針が、徐々に下がってゆく。
 ヘットライトの光がレールに反射し、銀色に輝く。
 やがて列車はホームへと入っていった。
 いつも通りの停車……の筈だった。
 突然、目の前に顔が映った。
 自分の顔ではない、若い女性の顔だった。
 彼女は私に微笑んでいたような気がした。
 世界がスローモーションのように見えた。
 緊急制動をかけた…が、間に合わなかった。
 金属が擦れ合い、引っ張り合う甲高い音が車内に響いていた。
 線路は血に染まった。

 マグロは撤去され、また列車は、何も無かったかのごとく、走り出す。
 何故、そんなに死に急ぐのか、それもこんなに沢山の人に迷惑をかけてまで。
 それは、ばらばらミンチにされた死体に訊いても分からない。
 ただ、鉄道員に愚痴のネタにされ、今日もまた、鉄路にマグロが横たわる。

ある高校生の話

 彼の体は宙に浮いた。
 さっきぶつかった男が、驚いた表情で彼を見ている。
 彼にはどうする事もできなかった。
 赤い列車が目の前に迫ってくる。
 汽笛が聞こえる。
 一気に周りの景色が消えた。
 次の瞬間、彼は、自身の体がただの肉片と化してゆくのを感じていた。

 夕焼けが辺りの水田を朱色に染め上げる放課後、小林健二はホームに立っていた。
 中部電鉄今見線能見貝和駅、周りを田んぼに囲まれた小さなローカル線の駅である。
 昼間は誰一人いない無人駅ではあるが、近所に二つも高校がある為、登下校の時間帯には生徒で犇き、活気を帯びてくる。
 ある者は友人と語り合い、またある者は疲れた表情で列車を待つ。
 小林は正にその後者であった。
 週末の金曜日、提出溜まりに溜まった所為で、昨日はまともに眠れなかった。その上体育に部活……疲労困憊という言葉は彼のためにある様に思えてくる。
 さらに、通学一時間、その内の半分は自転車である。
 近くにも高校はあったのだが、わざわざ遠くの高校を選んだ結果である。
「あ~だるい……」
 高校を選ぶ時、こんな事は覚悟していた……筈ではあったが、やはり、愚痴がこぼれる。
(早く帰って横になりたい……)
 最近では夜が待ち遠しくなってきた。夜、布団の中にいる時だけが彼にとっての安らぎとなっていた。
 ふと、小林はポケットに振動を感じた。
 メールが来ていた、彼の旧友からだ。
〈最近調子はどうよ?〉
 たった一行のメール、小林も、一行で返事を書く。
〈人生に疲れた〉
 送信を表す表示を確認すると、またポケットに押し込む。
『人生につかれた』……別に彼は自殺志願者などではない。彼と旧友との間でのみ通じる、いわゆるジョークだ。
 彼が駅についてから数十分経った頃だろうか、駅前に設置された踏切が音を立て始める。遮断機がゆっくり下りていく様子は、ホームからでもよく見えた。
 やがて田畑の向こうから列車のヘットライトが見え始める。
 その赤色の車体は、徐々にはっきりと、そして確実に大きくなっていった。
 ふと、小林の後ろを一人の男が通った。
 そこは、人が通るにはかなり狭すぎる所だった。
 小林はバランスを崩して前に倒れこんだ。
 ホームから落下し、線路の上に。
 ホームにいた生徒は、皆、とっさの事にただ唖然とする他無かった。さっきぶつかった男も、驚いた表情で、ただ彼を見ているだけだった。
 金属の擦れ合う音がする。
 赤い列車は悲鳴を上げて止まった。
 周りには、前衛芸術を髣髴とさせるような、実に斬新な模様ができていた。
 その模様は、彼が帰らぬ人となった事を表していた。

 深夜、誰もいない居間に、一台のテレビが点けっぱなしになっていた。
 暗く、そして静かな居間に、ただ、テレビだけが光を放っていた。
 しばらくして、アナウンサーの声が辺りに響く。
『また一人、若い命が失われました。昨日午後五時頃、中部電鉄今見線能見貝和駅で自殺した小林健二君は、自殺の数分前、友人へ自殺を仄めかすメールを送っていた事が判りました。この事件は果たして止められなかったのでしょうか。まずは、今日行われた、健二君の通っていた高校の校長の記者会見をご覧ください……』
 暗闇の中、テレビだけが記者会見の様子を映し出していた。
 その光は実に幻想的であり、そして人工的でもあった。

あとがき

 すっごく……高二病です。
 この三部作については、あまり推敲していません。というか、今私が持っている感覚とはかけ離れすぎていて推敲できませんでした。

 最初の「一生安泰」は、当時問題となっていた某社のリコール隠しが元ネタです。
 後の「マグロ」と「ある高校生の話」は、通学中に私が考えていた事を文書化したものです。なんて事を考えてたんだ、当時の自分……。